京都⼤学アイセムス(⾼等研究院 物質―細胞統合システム拠点:WPI-iCeMS)の⾒學美根⼦教授ら研究グループは、東京都医学総合研究所の笹沼博之プロジェクトリーダーらと共同で、正常な脳発⽣過程で、ニューロン遊⾛に伴う⼒学的ストレスによりDNA損傷が多発することを発⾒した。この研究成果は6⽉17⽇(英国時間)にNature誌でオンライン公開された。
哺乳類の脳⽪質には、数百億のニューロンが整然と配置され、精密な神経回路を形成している。脳⽪質構造は、幹細胞層で誕⽣したニューロンが密な神経組織を分け⼊って細胞移動(遊⾛)し、秩序正しく配列することで形成される。狭い空間を遊⾛する際、ニューロンの核は激しく変形するため、核内の染⾊体にも⼒学的ストレスが加わると考えられる。
研究グループは、マウス⼩脳のニューロン遊⾛を最先端のライブイメージング技術で観察し、遊⾛中に圧迫された核内でDNA⼆重鎖切断(DSB)が頻繁に⽣じていることを発⾒した。
⼀般的にDSBは細胞死や発ガンを誘発する最も重篤なDNA損傷。しかしニューロンはDSBを多発しながらも細胞死を引き起こすことなく、個体の⽣涯を通じて正常に機能する。次世代DNAシーケンサーを⽤いて全ゲノム上でDSBの発⽣部位を探索すると、遺伝⼦発現に影響する部位を避け、機能的影響の少ないゲノム上の不活性領域に形成されていることがわかった。
この過程には、DNAに捻りや張⼒のストレスがかかると応答してDSBを起こすトポイソゼラーゼが関与し、計画的に安全なゲノム領域が切断されるためであることが明らかになった。
また、ニューロン遊⾛中に⽣じたDSBは、半⽇以内に速やかに修復されることもわかった。これらの結果は、ニューロンの遊⾛による⼒学的ストレスによりDSBが⽣じることは不可避である⼀⽅、それを安全に処理するメカニズムが実装されていることを⽰している。
仮に脳発⽣中に⽣じたDSBが修復されずに残存した場合の影響を調べるため、DSB修復酵素をニューロンのみで⽋損した変異マウスを作成した。この変異マウスでは⼩脳ニューロンに多くのDSBが蓄積するものの、細胞死は起こらず、外⾒上は正常に発育した。
しかし脳内の炎症細胞が活性化し、ニューロンの機能遺伝⼦の発現が低下。さらに、加齢に伴い、⼩脳機能の異常による運動障害が進⾏した。これらの結果は、正常な発⽣過程においてニューロンで⽣じるDSBの修復エラーが、神経疾患の発症につながる潜在 的リスクであることを⽰している。
この研究により、ニューロンにおける⼒学的ストレスとゲノム安定性の新たな関係が明らかになった。発⽣中のDSB制御の破綻がゲノム不安定性疾患や⼀部の発達性障害の原因となる可能性が⽰唆され、これらの疾患の病因解明への重要な⼿掛かりとなることが期待される。