水産研究・教育機構、東京大学大気海洋研究所、北海道大学、長野県諏訪湖環境研究センター、イースタン・ミシガン大学は共同で、北海道知床半島のオショロコマ集団に、現在その地域に定着していないイワナ由来のミトコンドリアDNAが残っている仕組みを解明した。
異なる種の間で交雑が起こり、その後の戻し交雑を通じて一方の種に他方の遺伝子の一部が取り込まれる現象である「遺伝子浸透」は、進化や生物地理を理解する上で重要となる。しかし、交雑の痕跡がなぜ長く残るのかについての仕組みは十分に分かっていなかった。
オショロコマとイワナは東アジアに広く分布する近縁なサケ科魚類だが、知床半島では現在オショロコマが全河川に生息する一方、イワナは定着していない。それにもかかわらず、知床半島のオショロコマの一部にイワナ由来のミトコンドリアDNAが残っていることが、これまでの研究で示されていた。
研究グループは、オショロコマ2372個体(74河川・湖、85地点)と、既報のイワナ5499個体(127河川・湖、285地点)のミトコンドリアDNAデータを用い、両種の全分布域にわたる比較解析を行った。
その結果、知床半島のオショロコマからのみ特異なハプロタイプが見つかり、これがイワナの持つDNAタイプ「Hap-5」と同一であることが分かった。また、「Hap-5」は知床半島周辺のイワナ集団からは見つからず、知床から離れた北海道中央部や本州北中部の限られた地域に不連続に確認された。このことから、知床で見つかった「Hap-5」を持つオショロコマは、最近の交雑によって生じた第一世代雑種(F1)である可能性は低く、過去にイワナが分布を広げた時期に起きた交雑の名残であると考えられる。
研究グループはさらに、知床半島の37集団を対象に、Wright-Fisherモデルに基づくシミュレーションを行い、交雑由来個体の頻度分布が「遺伝的浮動」だけで説明できるのか、または「自然選択」も必要なのかについて検証を行った。
解析の結果、観察された頻度分布は遺伝的浮動だけでも十分に説明できることが分かった。生存に不利に働く自然選択(負の自然選択)を加えたモデルの当てはまりはわずかに良かったものの、その効果は限定的だった。このことから、「交雑由来個体は生存に有利だったために残ったというより、小規模集団で働く偶然の効果(遺伝的浮動)によって複数世代にわたり維持された可能性が高い」と考えられた。
今回の研究は、知床半島という小規模河川が高密度に分布する特徴的な環境において、歴史的な種間交雑の痕跡がどのように維持されてきたのかを、分布情報と理論モデルの両面から明らかにした点に意義がある。特に、「小さな河川ほど交雑由来個体の頻度のばらつきが大きくなる」という結果は、集団サイズが小さいほど遺伝的浮動の効果が強まり、交雑の痕跡を残しやすいことを示している。こうした知見は、交雑を通じた生物種の進化や種分化の理解に重要な示唆を与えるとともに、外来魚との交雑や遺伝的攪乱が問題となるサケ科魚類の保全・管理でも将来の予測やモニタリングに役立つことが期待される。