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〝死の罠〟が育児室に キノコバエが産卵場所にナンゴクウラシマソウを利用 神戸大教授らが明らかに

神戸大学の末次健司教授らの研究グループは、ハエの一種「イシタニエナガキノコバエ」が昆虫を閉じ込めるテンナンショウの仲間「ナンゴクウラシマソウ」の花序を産卵場所として利用していることを明らかにした。脱出不可能と考えられてきた花から、このキノコバエが脱出できることも初めて分かった。

雌のテンナンショウは食虫植物ではないが、出口のない葉が変形した器官「仏炎苞(ぶつえんほう)」に虫を誘い込み殺してしまう。ナンゴクウラシマソウは釣り竿のような、この器官でおびき寄せる。肉質であるため、花粉の媒介を託す代わりに、送紛者の繁殖場所として利用される可能性が考えられた。

研究グループは腐った仏炎苞が送粉者となるキノコバエの報酬として機能している可能性を追求するため、2021~ 23年まで屋久島の低地照葉樹林で観察を行った。

送粉者を特定するため、仏炎苞内にトラップされた昆虫の種類と数を調査。その結果、最も多く捕まっていたのは、イシタニエナガキノコバエであることが明らかになり、この種がナンゴクウラシマソウの主要な送粉者であると推定した。

また、成虫の死骸が発見されたナンゴクウラシマソウの仏炎苞内に、卵が産みつけられていることがあった。これら卵から孵化した幼虫は、腐った付属体を食べて成長し、産卵から3週間ほどで成虫となることが確認されている。

さらに注目すべきことに、イシタニエナガキノコバエの成虫の死骸が見つからない花序でも卵や幼虫が発見されることがあり、これらの花序からも最終的に成虫が羽化することが判明した。

テンナンショウ属の雌の仏炎苞には出口がないため、中に入ってしまったキノコバエはそこで死んでしまうというのが植物学の常識であった。だが、死骸が見つからない花からも羽化したということは、少なくとも一部の個体が産卵後に花の開口部から脱出していることを強く示唆する。

研究グループは「テンナンショウ属で花粉の運び屋に繁殖場所を提供するシステムが発見されたのはこれが世界でも初めてのことだが、他のテンナンショウの送粉様式を網羅的に調査することで、生物同士の助け合いと騙し合いのダイナミクスをより深く理解することができるかもしれない」とコメントしている。

【今回の研究で明らかになったメカニズムの模式図】花に誘き寄せ
られたキノコバエのうち、主要な送粉者であるイシタニエナガキノ
コバエのみが産卵、脱出でき、腐った花序を「育児室」として利用
できる。他の種は産卵 せず、脱出もできない