綿村英一郎・准教授
こども家庭庁によると、2022年度の児童虐待による死者数は72人に上る。虐待を防ぐためになにができるのか―。7月、大阪大学の綿村英一郎准教授らは児童相談所の取り組みをベースに児童福祉を紹介する無料漫画「やさしい未来へ」を電子版で発刊した。綿村准教授に作成の背景や苦労、ビジョンを聞いた。
■忘れられない、児童養護施設の男児
「虐待です」。綿村准教授が児童養護施設の男の子の入所理由を尋ねると、職員からそう告げられた。隣に座る2、3歳くらいの児童はとても大人しく良い子だ。「なんでこの子が入所することになってしまったのか」。それ以降、そこで見たイメージが頭の中から離れなかった。
自身の家庭にも男の子が生まれ、施設で出会った男児の影がちらつくことがあったという。「あの子にも愛してくれる親がいたらよい」。そんな気持ちが、時間が経つにつれて強まったと話す。
虐待を防ぐ方法の1つに、発生前の児童相談所の介入がある。だが、事件が起きた際に児相は「何をしていたんだ」と非難されてしまう。それが職員側の負担になり、病気や離職などの人手不足を招き、被害者を増やす悪循環につながる。綿村准教授は社会の理解不足を感じ、紹介するための漫画を作ったと語った。
■コミックで児相を紹介
大学教授で漫画家のなかはらかぜ教授をはじめ、9大学の先生と学生、児相職員の協力を得てコンテンツの作成に取り組んだ。親しみやすい雰囲気のキャラクター作りや分かりやすい情報発信を意識したという。約30人の児相・児童養護施設の職員や経験者を取材した。
インタビューする中で、虐待などの影響で大人を信用できない一方で、甘えたい感情を持つ子どもたちの姿が浮かび上がり、漫画に反映した。子どもや職員がどのような思いでいるのかを「ぜひ注目しながら読んでもらいたい」と述べている。
執筆中はセリフのやり取りで物語を進めることやできるだけバイアスのない作品にするため苦労した。発刊後、「現実はこんなにハッピーエンドにならない」という厳しい指摘もある一方で、「こんな作品が前からあったらよかった」と読者が綿村准教授へ感想を伝えに来てくれることもある。そのようなときは「とてもやりがいを感じる」と語ってくれた。
漫画作成中に練った構想
■第二弾を作りたい!
今後について尋ねると、綿村准教授は即座に「第二弾を作ります」と答えた。漫画形式であるため、書き込める文字数が少なく漏らした内容も多かったそうだ。
児相職員に「虐待されているのか」と問われたとき、子どもは何を思うのか。「うん」と言えば家庭に帰れないかもしれない、「いいえ」と伝えれば被害が続く。そうした虐待児や保護する大人の心理をよりリアルに書きたいと意気込んだ。作成のための「取材を受けてくれる人、支援してくれる人を募集中」だという。
コミック「やさしい未来へ」は、アマゾンのKindle版にて無料で読むことができる。
綿村英一郎・准教授らが作った「やさしい未来へ」