環境中に広く存在する無機ヒ素は猛毒であり、さまざまな生物によって毒性の低い有機ヒ素へと変換される。これまでに同定されている生体由来の有機ヒ素は、多くが無機ヒ素の普遍的な解毒産物やその中間体と考えられており、特に有機ヒ素化合物が微生物二次代謝産物※2 として生産される例はほとんど知られていなかった。
このような背景から、学習院大学理学部生命科学科の星野翔太郎助教・尾仲宏康教授らの研究グループは、放線菌が生産する初の有機ヒ素二次代謝産物であるビセナルサンに着目し、その化学構造を初めて解明した。この研究で明らかにされたビセナルサンの化学構造は解毒関連代謝物として報告された既知の有機ヒ素とは大きく異なっていた。
※放線菌:土壌を中心にさまざまな環境に生育するグラム陽性細菌の一群です。放線菌は他の細菌群と比較して優れた二次代謝能を持っており、抗結核薬ストレプトマイシンや抗寄生虫薬エバーメクチンなど、さまざまな有用二次代謝産物が放線菌から発見されている。
■新しい化学構造有した化合物による新薬開発が期待
また、同グループはビセナルサン生合成に重要な酵素遺伝子群を同定し、詳細なバイオインフォマティクス解析(生命が持つさまざまな情報を計算機(コンピューター)上で解析する手法全般を指す)とあわせてビセナルサン生合成経路を提唱した。
ビセナルサン生合成経路中には5価のヒ素化合物の分子内転移によって新たにC‒As結合反応が形成されるという、既存の3価のヒ素化合物からの有機ヒ素生合成とは全く異なる新しい酵素反応が存在することが明らかにされた。
加えてこのC‒As結合反応を担う酵素遺伝子は放線菌ゲノム中に広く分布していることも明らかとなり、この研究で得られた有機ヒ素天然物の発見により、これまでになかった新しい化学構造を有した化合物による新薬の開発が期待できる。
この研究成果は、化学分野で最も権威のある国際化学雑誌『Journal of the American ChemicalSociety』誌(インパクトファクター:15.0)のオンライン版に、8月3日付けで掲載された。