東京農工大学、森林総合研究所、自然環境研究センターらの研究グループは、ニホンジカとイノシシについて将来の分布予測を行い、自然な分散と人口減少の進行を背景に、2050年までに日本の大部分に分布が拡大する可能性が高いことを明らかにした。さらに、両種の分布拡大には、気候や土地利用よりも種が本来持つ移動・分散の特性が大きく関与していることを示した。
大型有蹄類は狩猟やジビエ、薬用物質の提供などを通じて人間社会に恩恵をもたらす一方、個体数や分布の拡大により、生態系の不可逆的な変化、林業・農業への経済的損害、車両との衝突事故、マダニなどの媒介生物による人獣共通感染症の感染拡大といった課題も引き起こしている。近年、日本に限らず先進国において大型有蹄類の分布域拡大が継続しており、その原因解明が重大な課題となっている。
分布拡大に関わる要因としては、これまでに気候変動、土地利用の変化、狩猟圧などが指摘されてきた。日本でも、1978年から2018年にかけて、ニホンジカでは約2.7倍、イノシシでは約1.9倍に分布域が拡大したことが報告されている。しかし、こうした分布拡大の過程で、種が本来持つ繁殖を伴う定着と世代を超えた移動・分散能力については十分に考慮されてこなかった。
そこで今回の研究では、日本の主要な大型有蹄類であり、人間生活との関わりも大きいニホンジカとイノシシを対象に、標高などの物理的環境要因、土地利用や気候要因に加え、繁殖を伴う移動・分散能力が分布拡大にどの程度寄与しているのかを階層モデルにより検証し、さらに構築したモデルを用いて2100年までの分布予測を実施した。
研究グループは、1978年、2003年、2014年のニホンジカとイノシシの分布データを用いて分布拡大モデルを構築し、分布拡大に与える物理的環境、土地利用、気候要因、移動・分散能力を評価した。その結果、両種の分布拡大においては、移動・分散能力が他の要因と比べて非常に強く寄与していることを明らかにした。
具体的には、すでに分布している地域に近い場所ほど分布が拡大しやすく、距離が離れるにつれて分布が広がりにくくなる傾向を認めた。両種は移動・分散能力が非常に高いことがわかっており、今回の推定結果は両種の移動・分散能力を反映していると考えられる。
一方、その他の要因としては、気候要因である積雪日数が分布拡大に寄与しており、今後、気候変動が進行することで、現在は積雪日数が多い東北地方北部や日本海側の地域でも分布拡大が進む可能性が示唆されている。
さらに、このモデルを用いて2050年、2100年の分布予測を行った結果、ニホンジカでは2050年には平野部の都市部などを除く日本全国のほとんどの地域で分布確率が非常に高くなることを明らかにした。この傾向は2100年にかけてより顕著になると予測される。
研究グループは、予測されたニホンジカとイノシシの将来分布に基づいて、被害が顕在化していない地域でも予防原則に基づいた対策を検討することが可能になると考えている。また、将来の捕獲圧の変化など政策の変更や、豚熱(CSF:Classical Swine Fever)の流行によって個体数が減少した場合には、実際の分布動態が本研究の予測結果と異なる可能性もあると指摘している。