東京大学大学院新領域創成科学研究科、同大大気海洋研究所、岩手県水産技術センター、水産研究・教育機構らの研究グループは、新たに開発したサケ稚魚に適用できるエネルギー収支モデルにより、サケの稚魚が成長と遊泳に配分するエネルギー量の推定に成功した。
近年の温暖化等の影響でサケの不漁が深刻化する中、サケの分布南限に近い岩手県沿岸域では、南から流入する暖水によってサケ稚魚の餌となる動物プランクトンが変化している可能性が指摘されている。こうした餌環境の変化がサケ資源に何らかの悪影響を与えていると考えられていたものの、具体的にどのような変化が生じ、サケ資源にどの程度の影響を与えているかは分かっていなかった。
生息域の水温や餌環境が魚に与える影響を評価する際には、エネルギー収支モデルという数理モデルがよく用いられる。今回新たに開発したのは、従来に比べて変数(数理モデルの中で変わる可能性のある数値)が少ないシンプルなもの。このモデルに、稚魚の呼吸代謝実験と飼育実験で得たデータを組み込むことによって、飼育環境下で稚魚は一定の体重に達するまで、摂取したエネルギーを貯めるよりも成長へ優先的に配分することが分かった。
また、体重が16gに達するまでの間、稚魚の骨格は形成途中であるとされている。こうした体内の生理的な変化等により、エネルギー配分の優先順位が変わる可能性が示唆された。この生理特性を考慮し、野外におけるサケ稚魚の餌要求量を再計算した結果、要求量は他のサケ科の稚魚に比べて約30%高くなっていた。
次に、餌環境の具体的な変化を明らかにするため、研究グループの所有する2005年から2018年までの動物プランクトン標本を分析。その結果、岩手県沿岸域では、稚魚の好む大型カイアシ類などがカロリーベースで5分の1量に減少したことが分かった。北海道沿岸域に比べると、岩手県沿岸域には要求量に見合うだけの餌が少なく、深刻な餌不足が稚魚の生残率の低下とサケ資源の減少につながっていると推察された。
サケの不漁はアラスカやカナダ、ロシアでも起きている。これらの国々や日本では、不漁要因の解明を目的に、サケ稚魚と餌生物の採集調査を継続している。今回開発したモデルを国内外の稚魚や餌生物採集データと統合することで、海域ごとに餌不足を数値化でき、サケ稚魚の生残率の見積もりや、サケ資源の低迷要因の特定などに応用することができる。
また、これらの知見に基づき、環境変化に対応したサケ稚魚の放流数、放流時の体サイズの提言といった産業面への応用も期待される。